明けの富士[パステル画]
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双子のパラドックスで、地球に残った弟とロケットに乗って旅立った兄が対称でない話はまだある。弟からみた兄までの距離と、兄からみた弟までの距離である。兄がUターンを開始する直前、弟からみた兄までの距離と、兄からみた弟までの距離では、後者の方が短い。これは、過去にも書いたとおり、経過時間が異なっているのだから当然である。兄がUターンを開始すると時空上の兄の同時刻が変化し、弟の運動は速くなる。遠ざかり方がゆるむどころか、加速するのである。弟からみると兄の遠ざかり方は、ゆるむ。このように、弟からみた兄と兄からみた弟では、運動に大きな違いがあり、とても対称とはいえないのである。
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表記のパラドックスに対して、ざっくばらんに書いてきたが、気持のわるさが残っている人がいるかもしれない。僕もその一人である。その気持の悪さとは、ローレンツ収縮は実際に圧縮されて縮んでいるのではなく、縮んでみえるのだという事実に起因する。それならば、ロケットの加速中に力が介在して縮んでいくのは変ではないのかという考えも浮かぶかもしれない。
しかし、縮むときはやはり力が介在するのである。
そもそも、縮んで見えるとは、ある長さの物体が等速な並進運動をしているとき、その物体がいる慣性系からみたその物体の長さに比べて、その物体を運動とみる慣性系からみたその物体の長さが短いことである。これ自体には、当然力は介在しない。
しかし、物体の各部がある同じ期間をかけて、同程度に少し速くなったとすればどうであろうか。物体の各部の同時刻の世界がずれ、ひとつの同時刻で物体を結ぶには、先頭ほど未来とむすばねばならない。物体は明らかに伸びている。変化の過程においては、物体の両端は復元力によりひっぱられるのである。この事実は、系によらない。慣性系からみていると、物体自らが縮もうとする(正規の状態に復元しようとする)ように見えるはずである。
注意が必要なのは、この説明のどこにも、系により長さが異なって見えるローレンツ収縮は、力により潰れているなどとは言っていないことである。
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特殊相対論の双子のパラドックスに対して、旅立つ兄と地球に残る弟は対等だろうか。まず、これをパラドックスであると本気で考える人たちの中には、対等と考える人が多いのである。弟からみて兄が加速度運動(Uターン)をしたならば、兄からみても「同様に」弟(地球)が加速度運動をしていると。これが正しくないことはすぐ分かる。弟からみて兄の運動に変化が現れるまでの弟の時間と、兄からみて弟の運動に変化が現れるまでの兄の時間が異なっているからである。もちろん、この説明だけでパラドキシカルな状況を払拭したことにはならないかもしれないが、まず、こういうところから正確に考えようとすることが大切なのではないだろうか。
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双子のパラドックスにおいて、Uターンする兄には重力がかかり、それによって兄の時計が遅れるとの説明がなされるが、これには、悩む。よく、兄の地点の重力場が時計に作用し、一点の重力の影響により時計が遅れると誤解されているからである。
相対性理論なのだから、時計が遅れるといった場合、誰からみて、どの時計が遅れるのか明記すべきである。地球の弟から見て兄の時計が遅れるのは、兄の運動の効果のみに限られる。重力は関係ない。兄の視点からは、弟の時計は、非常に高い所にあるので急激に進む。兄からみて兄の時計は遅れたりはしない。
しいて言うなら、兄からみて、自分の時計は、弟の時計より遅く進んでいるとなるが、自分の時計が遅れるわけではない。
ネットのあちこちをみると、誤解版の説明がわんさかある。こりゃ、駄目だわ。
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今度は、亜光速で運動する自転車を考える。
自転車の車輪は、前に述べたとおり、縦長の楕円にローレンツ収縮をおこしている。では、スポークの形状はどのようになっているだろうか。
このことを考えるために、今、亜高速ロケットの側面に硬い真っ直ぐな棒の中央を固定し棒を回転させるという状況を考える。観測者は、棒の回転軸の方から、亜光速で運動する、この回転する棒を眺める。実は、この回転する棒は、曲がって見えるのである。
原因は、同時刻の相対性である。
棒がロケットの進行方向に向いたとき、ロケットの乗員にとっては、棒は真っ直ぐである。ところがロケットを亜光速とみる観測者にとっては、同時刻の相対性が原因となって、棒は真っすぐではない。棒をロケットの進行方向に平行に固定したときに、棒の両端に相当する船体上の位置に、マジックで印をつけておく。棒が回転している時、ロケットの乗員は、棒の両端は同時に印の位置を通過するとみるだろう。しかし、ロケットを亜光速とみる観測者にとっては、同時刻の相対性により、これが同時ではない。したがって棒は曲がって見える。
亜光速で進む自転車のスポークは、垂直方向には曲がっていないが、水平方向には曲がっているという奇妙な形に見えるはずである。実際にどんな形になるのかは、ローレンツ変換により計算できるはずである。
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よく、電車のローレンツ収縮を図解したものとして、縦長の楕円に縮んだ車輪を本などで目撃する。私の第一感は、
「こんなものが転がるかい!」
であった。ラグビーボールじゃないのだからこんな電車があってたまるものかと。 昔の話はさておき、転がるかどうか考えてみよう。 まず、車輪の部分部分の速度ベクトルは複雑なので、車輪にすれすれで接している回転していないリング状の車輪の枠を考える。これは、電車の運動により、明らかに縦長の楕円にローレンツ収縮する。問題は、内側の車輪の方である。楕円にぎりぎりで接しているという事実に変わりはないので、やはり車輪は縦長の車輪である。 そうなのだ。
「転がるのだ」
転がるといっても、長軸と短軸が回転するわけではない。縦長の楕円を保ったまま転がるのである。 まるで、生きた軟体車輪である。人類がこの車輪を目撃する日は来ないだろうなぁ。
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タイトルのパラドックスに対して、今まで、頭があっちこっちを彷徨い、アホなことも書いた気もするが、結局、物体には、その物体がいる系からみて自然長を保とうとする第二の慣性のようなものがあるということで落ち着いた。その説明がいやならば、力の場への言及は避けられない。どう考えてもそうなる。荷電粒子の等電位面は、ローレンツ収縮によりレンズ状にひしゃげる。これは、物体に対して相対速度のある系からみれば、「物体には、速度に見合ったローレンツ収縮をしようとする傾向がある」となる。これでいいはずである。
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物体が加速により自然なローレンツ収縮をおこすための道のりが結構人工的なものであることは書いた。では、最終的に長いロケットのすべての部分が同じ速度に達して、等速直線運動に移り、かつ速度に見合った自然なローレンツ収縮に落ち着くまでの過程はどのようなものだろうか。
ロケットの後ろほど加速度が大きいので、ある時刻にロケットの最後尾が加速度ゼロに転じると、遅れて次々と加速度ゼロの部分が前の方に流れていくようになるだろう。先頭の方ほど遅れて加速度ゼロになることにより、最終的にロケットのすべての部分が同じ速度になり、自然なローレンツ収縮を起こした状態になる。
このように慣性系から見ていると、まるでイモムシのような弾力性(?)が自然なローレンツ収縮なのである。
で、そのイモムシは、ロケットの系からみていると全く変形しない硬い物質として振舞うのである。
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今、糸の代わりに長いロケットを考える。前の日記で糸が切れると書いたことから分かるように、ローレンツ収縮では、加速がゆっくりの場合、ロケットを構成する各部分が縮んでいこうとする結果、全体が縮んでいく。ぴったりとローレンツ収縮させるためには、ロケット全体に推力装置をつけなければいけない。自然な収縮は加速中は人工的なのである。ロケットの後ろの加速度を大きく、前の方ほど加速度を小さくしなければならないことは明らかである。
加速度が違うとは、本質的に違うということである。ロケットの前に乗っている乗員と後ろの方に乗っている乗員とで感じる加速度が違うのである。
例えば、ロケットの最後尾に乗っている乗員にとって、ロケットの先頭は落ちてくるんであろうか。高いところでは時計が速く進むので、加速度が補てんされ、一定距離を保つ(自然長を保つ)というのが、正しい。これですっきりする。しかし、この話は、エレベータの思考実験の話であって、本来話が逆なような気がする。慣性系に対して、加速運動する剛体のエレベータを考え、同時刻のずれが刻々と深刻になっていくことでもって、高いところの時計が進むとすべきなのである。
してみると、引っ張りの力がかかる原因がまた闇の中に消えていくのであった…(同時刻の相対性にもどってしまう)
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